2008年04月30日

体内時計を探る

 目標をたてるにしても、自身の音楽性を良く知るにも、向上させるにも、新たに開拓するにも、自身の体内時計がどんなものか知る必要がある。

 自身の場合、マクロ・スケールでは、感覚的なものでいえば、Jazzが最もわかりやすい。

 何故なら、好んで聴いているものがJazzの要素が必ず内在してあるもので、Jazzが底辺になっているものばかり好んで聴いてきたからで、いまだにそのスタイルは何一つ変わっていないからである。

 しかし、あくまでも感覚的にざっとやってしまうのがJazzであって、即興が主としたスタイルで楽曲を元に自分なりのものをやってしまうのだから、本当に感覚的なものであって、実質上では非常に漠然としたものとなる。

 サウンドを聴く立場になれば、心地よいと感じられる体内時計に合うものを探せばよいから、リサーチする上で情報が入手できる環境であるなら、これは容易である。しかし、実際に自身がそれを実現しようとすると非常に難しいものとなる。

 殆ど地をさらけ出してやってしまうようなものがJazzであるので、例えば、自身を向上させる場合には、新たに畑を作って耕していく過程を踏まなければならないので、まず土台から作るしかない。このことから、いざ、それをやろうとすれば、時間がその分かかるだけ、非常に苦労するものとなる。

 また、Jazzといえば、体内時計がどうかで運命を大きく左右する。そういうわけで、音のノートの性質の研究の他に体内時計のリズムについて研究する必要が出てくる。

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ルーツを探る…!?

 昨夜捏ねていた「高校時代に好んで聴いていたもの」より。

 青少年期に好んで聴いていたものを軸に、子供の頃から好んでいたものや、社会人になって好んでいたものを探っていくと、その底辺にはJazzのスケールであり、黒人音楽特有のbluesがあるかどうかで選別されており、嗜好を左右しているものが体内時計と一致しているかどうかにあったことがわかる。

 現在、米国ではある牧師が演説で選挙に関する発言において「有色人種」や「ブラック(黒人)」などの人権差別的な発言をしたことについて社会問題となっているが、そんなのは見た目の話であって、どうでもよい話。

 自身の場合、Classicをいくら遡っても、それは古典物理学と同じく限りがあり、静止性といったスケール上で、可視で可能な状態から理論展開されているだけのものであって、勿論、グローバルなチャイコフスキーなどすばらしい音楽家はいるけれど、もっと上を行って、ラフマニノフとなれば、それは高度になってアインシュタインの一般相対性理論の予言のような複雑な展開になるけれども難しすぎる。専門的な音楽理論を学んでいないだけ理解が難しい。しかし触れることによって物性や性質を理解することは出来る。

 けれど、本当はもっと単純であるはずで、もっと原理的なものだと思う。むしろ、ガリレイ・ガリレオのような理論展開が必要だと考える。

 ClassicやJazzなどの枠を超え、音楽の世界の真髄を探るには、やはり、内在している体内時計や生物進化上の遺伝子を遡るしかないから、それに至る話。

 自分にとっては、Classicでは物足りないから、Jazzに至り、やがてはWorld Musicに至る。極限までたどれば、黒人が生み出したものになる。

 生物学においては、人類のルーツはアフリカで生息していた一人のゲノム・イブから成ると考えられているが、これは本当なのかもしれない。

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高校時代に好んで聴いていたもの

 オーソドックスなJAZZ以外で、高校時代に好んで聴いていたものといえば、「yellowjackets」に「ウエザー・リポート」に「スパイロ・ジェイラ」である。

 今を考えれば、〔随分と渋い〕…というか、〔随分と親父臭い嗜好・趣味をしていた〕と驚きながらも、我ながら、そうは思う。

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2008年04月25日

何もやる気なく…

 著作権といえば、Jazzを分野にしている自身にとっては、日頃から著作権法に掛からないものをあえて選ぶようにしているので、パブリック・ドミナントにあたる作品がが多い。

 このため、著作権法については殆どこれを気にすることはないのだが、数日前に報道で挙がっていたので、一般常識程度として参考にとりあげることにした。

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2008年04月20日

自分らしさとは

 なんだ…。

 実のところは、周囲から思われているほど、自分はそんなに綺麗なものではない。

 まだ救いの可能性がある場合は、何気なく手を差し伸べたりすることはよくある話だが、あんまり酷いと、見放して放ってしまうことなんてこともよくある話である。

 つまり、自分は聖人君主ではないってことねw

 報道なんかを見ていると、日本国内だけでも荒れている世の中に対し、何とも知れぬ国会といい、相変わらず曖昧な行政・自治団体といい、散々なものであるが、国際問題でも、オリンピックの聖火問題といい(これにおいては、中国で開催されるための聖火は、チベット弾圧が行われてきたため矛盾する行為として認められない)、中国政府のご都合主義に塗り固めた矛盾な言い分といい、ラマとはいえど政治かぶれのラマといい(一番の被害者は民間の楯になった僧侶たち)、中国から弾圧を受けているチベット問題といい(一番の被害は弱者のチベット市民たち)、チベット弾圧による国際批判に対する、政治被れで愚かな中国市民のボイコットといい(言い分は物事を知らない子供の駄々捏ねと同じだね。…ってか、常識という塗り固められた嘘を見抜いて真実を見ようとするまともなやついないの?)、至るところ、「人間原理って何や?」と思ってしまうのは、ごく自然の話。挙句の果てには、「この世の終わりやw」と、それらについての説教する気も全くなくなり、解離現象で音楽に浸ることがしばしばある。

 新たに選曲を選ぶだの、製作途中のものだの聴いていると、〔自分にはガーシュインのナンバーをやるのが適当であって、躁鬱の激しいナンバーが多いガーシュインを地でやれるのは、躁鬱を併せ持つ自分しか出来ないのではないか?〕…と、脳内では妙な錯覚にとらわれるときがある。

 こんなときは、喜ぶべきか、悲しむべきか、ジャック・スパローの如く、躁鬱で、思わず、躁に笑ってしまう。

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たまに聴いては感動しているもの

 それは Take6 でJazzよりもののナンバーであったりします。

 ゴスペルものでJAZZものといえばマンハッタントランスファーが大御所なんであるんですが、実際、確かに彼らは凄いけれども、〔黒人特有のリズムとメロディー(つまり、ブルーノートなブルースですね)となると厳しいかな〕と、無い物ねだりの(実際あの特有のトーンとリズムの獲得は非常に難しい)、わがままなことを考えている。

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2008年04月15日

JAZZが溢れる環境で育ったなら

 例えば、生まれが米国で、JAZZ全盛期時代の中で生まれたとして、初めからJAZZが溢れる環境で育ったなら、ピアノを続けていたのかもしれない。

 …とふと考える。

 というのは、手の大きさや体格、力などの物理的な作用による限界を感じる必要はなく、自分ができることを生かして演奏すればよい音楽の世界がJAZZだからだ。

 そんな環境に育った場合には、ピアノをやめる必要もなく、発表会などといったあえて人前にでる必要もなく、音楽を楽しめたに違いない。

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2008年04月12日

自分らしさ

 それは、オーソドックスなJAZZのナンバーを基本として、基本の真髄をとことん追求するところなんだろうと思う。

 だから、いたるところ、おそらく、オーソドックスなJAZZのナンバーが製作できることにあると思う。

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2008年04月11日

ボトムライン−トリオものを製作する場合

 JAZZのサウンドを作る場合に、まずボトムラインを定めますが、自分が理想とするボトムラインのトリオは、 Red Gerland Trio のメンバーであったりします。

### Red Gerland Trio ###
Red Gerland - piano
Paul Chambers - bass
Arthur Taylor -drums

 分類としては、典型的な Standerd を得意とするメンバーですが、なんでもそつなくこなせる実力者揃いで、リズムやサウンドなどを構築しながらベースをしっかりとキープし、リードラインがうまく乗れるように演奏しながら自分の個性をしっかりと出すことのできる名演奏者たちです。

 Red Gerland Trio といえば、Miles Davis がリーダーとするバンドでボトムラインをしっかりとキープしていたボトムラインのメンバーで有名ですね^^

 よくよく考えてみれば、中学生から高校のとき、土曜日の午後にFMラジオから流れていたJAZZ番組でよく流されていたのが、 Red Gerland Trio や Miles Davis がリーダーなどの  Red Gerland Trio のメンバーをボトムに組んだナンバーで、「この構成は最高だ♪」と感動して聴いていたからなんでしょうが、このボトムラインをJAZZを演奏する上での基礎として自分の目標にしています。

 JAZZを演奏する場合、最も気をつけないといけないところは、swing と groove を生み出しながら4ビートのリズムをキープしなければならないことで、変則でも、どのリズムでも、この、swing と groove ノリを維持しなければならない、ってことです。

 これが、げに、非常に難しいんですわ…A^▽^;

 正直に言ってしまえば、イタリア人のフランク・シナトラに獲得できて、なんで自分にできへんのや? …なんて、ブツブツと自分自身に文句を言いながら、「だってばよw」で鍛えながら(長期間、休みもしますが)製作し続けています。
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2008年04月10日

何しようかな…

 イルカでありたいといいながら、実質は、打ち上げられたクジラのように製作活動が止まっている状態が続いていますが、実は製作がうまいクリエーターさんの作品を聴いて喜んでは、「それじゃ、自分もやりましょうかね」と、まるで、「イルカさんから助けられたクジラ」状態となっております。このcrossover…^^;

 まだ選曲の状態ではありますが、今やってみたいな、と思うナンバーは、このあたりです。

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2008年04月07日

自分には受け入れられないStanderd No

 セミでありながらも、JAZZをやっていましたよ、ってことで、コール・ポーターのナンバーも好きな音楽家の一人なんではあるんですが、どうしても、自分にはできないナンバーがあります。

 それは、「Love For Sale」というスタンダードナンバーです。

 楽曲としては難易度が高いもので、例えばカルテット(以上の構成)なんかで行った場合、サウンドとしてはかっこよくてよい(トリオ構成では定番のスタンダードでこじんわりとなる)わけですが、どうにも作詞で引っかかります。

 というのは、現在社会問題として取り上げられることの多い、DV(ドメスティック・バイオレンス)問題に引っかかる可能性が高い内容を含んだナンバーだからです。

 自分には、このナンバーを扱うには抵抗があります。

 日本ではパブリック・ドミナントになると思うので、次に示します。続きを読む
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