2008年12月11日

クリスマス・シーズンだからこそ至る情景

 クリスマス・シーズンが近づくと、どうにも御通夜気分になってしまうのは自分だけかもしれない。

 それは子供の頃からなのだけれど、「キリストが処刑されて何を喜ばなければならないか?」「死んで、どこか救われたのか?」「死んで何故に喜ばなければならないのか?」といった、単純な矛盾点が許せないでいる。

 その流れ上、クリスマスシーズンになると、処刑シーンを考えたり、前夜を考えたりと、死について考える事が多い。

 どう考えても、自分の想像の中は、ギブソンの映画の処刑のシーンに近いものが浮かび上がっていたもので、年末はいつも喪中げな音楽を聴いている。

 まぁ、仏教徒なんで、クリスマスには精進料理というのもいいだろう。

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2008年10月26日

神経系の情報伝達での量子力学的作用はこんなもの

 重度のC-PTSDや重度の性機能障害があるとよくわかる話。

 ラフマニノフの『Piano Sonata No.2 in B-Flat Minor, Op.36-3』は、脳と神経系の情報伝達での量子力学的作用はこんなものであることがわかる。

 音の1つ1つがフィードバックされるであろう記憶因子や、五感を通してのそれぞれの情報による刺激因子だとすると、それが脳内で引き起こった情報を脳の理論計算される演算処理は、ちょうど今このブログのBGMに取り上げているような状態になる。

 ちょうどリアルタイムといおうか、実際に、物理上の物理の発生や処理状態というのは目まぐるしい速度で展開する。つまりは短い時間で凄まじい現象が起きているという事で…。それで、容易に重度に至りやすい。

 ラフマニノフがこれを現せたのは、神経衰弱に至るまでのものをもっていたから成せた技だと思う。だから、自分にとってはラフマニノフのものに対する価値の意味合いがとても深い。

 つまりは、同じ傾向にあるから、自身の持っている性質をよく知ることもできるし、より深く理解し、物理上で発生する〔物理のリスク計算〕や〔対応の方法〕も試算できるので、アセスメントもできるという意味で、言わば、ただの楽曲としてみていないという話となる。

 所謂、脳・神経系の生理上の神経障害を見る場合と仮定した場合、参考になりそうな具体的な実例があるとわかりやすい、といった流れを話している。即ち、この話はあくまでも自分には発生するリスクとして、その物理現象を直視するのに、良いサンプルになる。

 従って、どれがあるとか、どれがないとか、そんな意味合いではない、これは物理の話となる。だから、要は、この記事を読んでいるそれそれ皆さんがこれについてどう理解しているかにあるが、もし、それを理解できているなら、誰がどうとかじゃなくて、リスクに対する問題点が浮かび上がってくると思う。

 例えば、性機能障害といったものにもいろいろあるが、その一例として、性嫌悪症といったものがある。極端な性嫌悪症である場合、PTSDが原因となっていることが多い。この為、産婦人科系では治療が難しいとされる。

 極端な性嫌悪症とはどんな障害が出るのかといえば、嫌悪から拒絶したり、強健反射で拒絶する事の他に、頭痛・吐き気・胃腸の痛みが引き起こされる。それも、ほんのちょっとした環境や、画像や文面など、ほんのちょっとした情報で、その障害が生じる。だから、私生活に影響が出る障害で、心身では、とても大きな苦痛が生じる。

 こういった極端な性嫌悪症や性行為を行えない性機能障害を持つ重度の障害をもっていた場合、なぜ治療が難しいといえば、心因性のものや性虐待などの経験などから外傷を受けたために生じたPTSDが原因となっている場合には、多方面の分野によるノウハウが必要となることにある。

 しかし、実のところ臨床系と産婦人科の研究過程は統合されておらず、別々となっており、まだ治療に対応できるほどの総合的な研究は行われておらず、治療のための研究は進んでいない。

 だから、例えば、産婦人科系で扱う治療が、原因がPTSDだったとすると、分野外だから治療が難しくなるし、臨床系は生体構造の成り立ちに詳しいわけじゃないから、薬物投与した際に、性機能障害を引き起こしやすくなったり、ヘルニアなどの脊髄神経系の疾患に悪影響を及ぼしたりする。

 即ち、ここで取り上げている内容は、主観的判断ではなく、物理を示している。主観的判断ではなく、障害が発生するリスクに関して取り上げている。

 もしそれが主観だというのなら、神経性の障害がどんなものかが理解できていないという話になる。何もわかってないといっても過言ではない。障害というのは、身体的苦痛を伴わせるものであって、それは生体の構造上の生理で、免疫や自律神経にも障害の影響を与える。だから、頭痛や吐き気や胃腸まで痛くなるといった、障害がでるわけであって、それを大まかに〔神経性障害〕という。そういった現象の話をしているわけであって、ここまで説明しなければわかならければ、そもそもそこまでリサーチもせずに、決め付けているという話になる。

 因みに、臨床系の医療には音楽療法という方法も取られている。こういった治療が困難なケースである場合には、音楽治療と認知行動療法を同時に取り入れるという対処法も可能だ。

 例えば、今BGMに取り上げているラフマニノフの『Piano Sonata No.2 in B-Flat Minor, Op.36-3』は良い材料になる。

 音のきれいさやクリーンさは、生理といった至って物理的な作用を表したものと仮定して考えると、実に医学的かつ工学的な考察ができ、物事の成り立ちの理解を深める事ができる。 − このように考えれば、生理上の神経系の障害があっても、幾分かは楽に過ごせる。

 何故そのように考えるのかといえば、重度のC-PTSDや重度の性機能障害(性嫌悪症も含む)がフラッシュバックで引き起こる作用による現象とちょうど似ているからにある。

 あぁ、しんどいね、と…。

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2008年10月23日

おかしな話

 今日、たまたま気分転換にCziffraが演奏したデータを探そうとしたら、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番があって、サンプルを聞いてこれは買いだろうなと思った。

 実は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は神経衰弱の闘病生活から立ち直ったときに製作された楽曲であるだけに、この作品は自分の中の位置が大きい。

 ピアノ協奏曲第三番といえば、どちらかといえば、ラフマニノフのトラウマ問題を現したような楽曲にあたるので、やはりこの位置も大きい。ラプソディも好きなものなんだけどね…。

 ラフマニノフの楽曲はどの曲も理論的に完成度が非常に高いのだけれど、とかく、ラフマニノフのピアノ協奏曲2番・3番ばかり集めてしまう傾向にあるのは自分だけかもしれない。同ナンバーで作曲者本人の演奏でも2枚ある。

 Cziffraが演奏したものを聴いて、これも買いだな…なんて思うところ、「おい、これで同じナンバーが何枚目よ?」と突っ込む自分の理性がある。だけど、タッチのニュアンスなど感性で違ったものになるから、リズムとトーンのパターンの数が多いだけ、ノウハウの幅を広げるにはいいんだよ。なんてわがままな理論計算がある。


 そこはさておいて、久々に自分が製作してきた作品を聴いてみると、最近はクラシックを聴く事が多いためか、ハイランクのものばかり聞いているだけの誤差か、結構まともなの作ってるんだなと、不思議に思った。従来のケースだと、悪いところや足らないところばかり気になって神経衰弱息になっていたのだから、不思議な話である。それと同時に、実際には認識上ではわかっているんだが、「あれ? 本当に自分は生粋のJazz畑なんだな」…と再確認する。つまりは、自分が認識していたよりしっかりと基礎が板についていたんだな、と再確認したという話になる。

 実のところを言うと、自分の場合、このケースが非常に多い。科学や技術についての知識や技術などのノウハウを身につけたのもこのケースだった。

 つまりは、環境や日常生活で構築された人の脳って、自然の状態で、デコヒーレンスがいっぱいあるということなのかな…? もしそうだとすれば、壁にぶち当たった段階で、パラダイムチェンジするプランのパターンを適用すればよいという話になるんだろうか。

 流れをみると自分のパラダイム・チェンジにおける認知行動パターンはそう悪くないのかもしれない。何しろ、独学パターンだから、大学や専門校でノウハウを獲得するより非効率的(無論、Jazzの基礎のノウハウは学校で学ぶものではなく、体験による学習で築くもので、Soulの追求して結果の進化したジャンルのものにあたるから)で、時間や経費なんかのコストが掛かりすぎるんだけどね…^^;


 ハイランクのレベルのものが馴染んで慣れているといった現在の状態だと、オーソドックスなスタイルが無理なく新鮮味をもって製作することが出来る。またマンネリで煮詰まってしまえば、ノウハウを増強する訓練を行えばいいわけで…。

 何気なく適当にやっているノウハウ構築の訓練でのこの過程プランは、リフレッシュやリセットする方法で使えるかもしれない。

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2008年10月19日

自分が観る『Chopin』

 んー。なんだね…。これは気分転換に生じた「取り留めのない戯言」当たる。

 たまたま精神気象がアンダーになっていた時に、たまたまANIMAXで放送されている『のだめカンタービレ』を見てしまった場合、どうしても音楽を聴いてしまうから、「んー。ガァー。そこはそうじゃなくてね」なんて、解釈についてフラストレーションが溜まるのは自分だけかもしれない。もっとも、バリウマである場合、ギャラや使用量が半端でないので、予算制限がある…ってのもあるのはわかっている。だから、理想に近づけることは難しいというのもわかっている。…というより、既存のデータの音響使用量を支払ったほうが安いんでないか?…などと考えないでもないが…。ま、そんなわけで、特にアコースティックものの音楽の題材は特に難しいよね…と思う。

 何故このような考察に陥るのかは、それは〔芝居に関わった経験値があること〕と、〔元は経済学畑だったから〕ついつい考えてしまうのだろうな…。

 しかし、そう考えると、エピソードの流れを考えてみれば、第一線で活躍する音楽家を何度も起用する設定について前々から引っかかっていたんだが、やはり「理事長は講師のギャラをちゃんと考えて設定してないよな」なんて突っ込みを入れたくなるのは自分だけか? 無論、無料と同等の活動は音楽家にはあるが、仕事だよね、と考えると「価値が高いだけギャラいるでしょ」って話になる。だけど、音楽家が理事する音大となれば、それなりにレベルはいるよな、ってことで、ま…、音楽の技術やコストを考えれば、どえらいパラドックスが生じる。


 実際のところは、音大に行っていないから、音楽理論とかいったものはわからないので、大したことは言えないが、何となくね…といった自身なりの解釈がある。


 それでなくても、随分と、うだうだと戯言を吐いているんで、そんなにClassicが好きなのかと聞かれれば、そういうわけでもなく、実際のところは、体内時計によく馴染む音楽なら何でも聴いている。そういう傾向であったため、Jazzの方をより好んだ。(経済的な問題もあったので幼児期のときに既に諦めていたが、幼児期の頃からClassicよりもJAZZの演奏をしたかったから考えてなかったというのもある。)


 その時の気持ち、CziffraのChopinが聴きたいな…♪を切っ掛けに、気分転換に〔自分が観る『Chopin』〕を追ってみた。

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2008年09月08日

Sergei Rachmaninoff

 前回の『自分の感覚がおかしいのだろうか?』より。

 ここで「ラフマニノフの楽曲の音楽性を理解していない」としたのは、それなりの理由がある。

### UpDete ###
セルゲイ・ラフマニノフ - Wikipedia
Sergei Rachmaninoff - Wikipedia, the free encyclopedia

 ラフマニノフは音楽理論は元より、楽器の物性を深く理解した上で精密に作られている。それは一般的な工学的な試みだから、従来の楽曲のような扱いでは楽曲が崩れてしまい易く、構造工学や機械工学のように複雑に作られているが、精密であって、一切の無駄がない。

 自分の認識では、ラフマニノフは、〔音楽の工学博士〕で複雑系の〔サウンド設計技術者〕+〔サウンド開発技術者〕+〔生産工学技術者〕にあたり、ノウハウ面において、それは高次元の存在に当たる。

 自分がラフマニノフをリサーチしていると、イメージ的には下記のようなものに見えてしまう。

### sample ###
Climate Change 2
 <4>〜<6>の本書。
Climate Change
 <19>〜<21>の本書。

 しかし、原理的には自分と同じパターンで、似通っている事から、とても掴みやすい。自分がラフマニノフに拘っているのは、サウンドの究極の世界を見ているのに対し、自身の音楽性で神経衰弱を患って立ち直った偉大な人物であるからだと思う。 


 おそらく自分は、音楽という簡易的な世界に固執せず、生物として本能的に物理に根ざしたもの…例えば、医学・生物学から物理学・工学といったような流れ上で、大自然や大宇宙を〔トーンとリズム〕を深く理解するように勤め、大自然や大宇宙へ帰依するように五感で〔体感〕し、ノウハウを獲得しようとしているのかもしれない。

 ただ言える事は、DV環境で胎児期には既に被虐待児二世に至ってしまった自身にとって、心地よい〔トーンとリズム〕を体感させ、回復させたものが音楽で、もし、それがなければ、現行にあるような脳神経系のシステムは構築されず、C-PTSDに関する障害から発達障害や精神疾患や心身症などに対応できないまま、酷い障害を抱えていたと考えられる。

 ラフマニノフがその道の先駆者だったのは、究極の音楽の世界を物理で深く追求しているその質量でわかる。つまり、生死に関わるような生存危機を体感している中でサウンドに救われなければ、究極のサウンドの世界を求めもしないし、その次元を感知する事が出来ないからにある。いわば、自分もその類に漏れない。

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2008年09月07日

理想郷はあるんだね…

 それは、手元にあった「Cziffra : List - Douze Etudes D' Execution Transcendante」から始まった。

 そもそもの切っ掛けは、Cziffraの演奏を聴いたのも、Cziffraの演奏を探したのも、自分に欠けていたものを補充するためのものだった。それは、自身が幼児期までに得られなかった〔父性愛に相当する何か〕に相当する〔サウンドに表した物〕なのかもしれないと脳裏をよぎった事にあった。


 日頃は、聴きたい時に聴いていただけだが、Lisztを完全に自身のものにしているCziffraがどんな演奏家か疑問に思ったので調べてみた。平たく言えば、音楽を演奏しているというタイプのものではなく自身そのものにしているという凄さがあったからだ。

 それは、巨匠の演奏を大概聴いてきたから言える話で、一般的には個人が持つ音楽性のセンスを軸に自身全体が表される。しかし、自身の体の一部を表すようなそのような演奏の仕方をしているのはまずなかったからだ。

 Wkiによれば、Cziffra(参考:『Georges Cziffra - Wikipedia, the free encyclopedia』)は、Lisztの音楽院に通っていたらしいが、音楽性に関することはあまり挙げられていなかったので、YouTubeで調べてみると、Cziffraは知識や技量を高く持つだけでなく、音とリズムに対するバランス感覚が非常に良い…といった、凄過ぎる演奏家である事が分かった。


 但し、ここで言う意味合いは、自分はJAZZ畑であってClassic畑ではないので、学術や技量といった基礎として見ているだけで、DTMクリエーターだからそこは工学的に考える。

 つまり、言葉を言い換えれば、下記に示してきたような『Chic Corea Akoustic Band』 レベルの演奏が可能になるという、原理的な因子にあたる。

### 関連記事 ###
John Patitucciのように泳いでみたい
世の中とんでもない「バリうま」さんがいるものだね…

 つまりは、『Chic Corea Akoustic Band』 レベルの演奏はそれだけハイレベルの域であって、それだけのノウハウ構築の下積みが必要だという話で、ここに取り上げるサウンドは1つの楽曲を1つのサウンドに仕上げているだけだが、これを『Chic Corea Akoustic Band』のメンバーの場合は、即興で演奏しているという凄さがある。

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自分の感覚がおかしいのだろうか?

 Alexis Weissenberg(参考:『Alexis Weissenberg - Wikipedia, the free encyclopedia』といえば、鋼鉄の意志と音色を持つ不屈で努力家のピアニストとして知られる。

 現在のところ自分の手持ちには「バッハのパルティータ全曲集」と「ラフマニノフのプレリュード集」を持っている。ラフマニノフのピアノ協奏曲はカラヤン指揮であるものしか出ていないので、YouTubeで調べてみたが、これが良いものじゃない。

 それは、クラシック専門チャンネルで放送したものらしきデータなのだが、自分は最悪だと認識しているのに、周囲の評価がなぜか高い。因みに、自分は次のように認識した。

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2008年09月03日

John Patitucciのように泳いでみたい

 『Jazz Drams』の続きでリサーチ中にわかった話で、『世の中とんでもない「バリうま」さんがいるものだね…』の前に見つけたものに当たるが、John Patitucciは感覚で魚のように泳ぐ種のベーシストであるらしい。

 それはエレクトリックを扱っても変わらない。Marcus Millerがテクニック重視でテクニックを駆使してトーンとリズムの境地を追求しているのに対し、John Patitucciはトーンとリズムの波の中を魚のように自由に泳ぐことを意としている、(勿論、Jazzの基礎的な知識や技術は非常に高くノウハウも高度だか)天性で演奏しているJazzBassのアマデウスと言える。

### ELEKTRIC ###
John Patitucci - Bertha's Bop
Bass Lesson - Playing off the Bass Drum
Patitucci great electric solo
John Patitucci Dave Weckl CHICK COREA ELEKTRIC BAND

### Akoustic ###
Chic Corea Akoustic Band - How Deep Is The Ocean
Chick Corea Akoustic Band - humpty dumpty
Chick Corea Akoustic Band - Round Midnight


 下記のものは、後に、やっと見つけたデータにあたるが、アルバムにリリースされた『Alive』当事のもので、その頃は、NHK BS2でライブ演奏が放送された1992年前後に活動していた「GRP All-Star Big Band.」に参加していた当事のものにあたる。

### Sample ###
Chick Corea Akoustic Band

 こんな風に演奏できたらさぞ幸福だろうな…と思う。

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2008年08月29日

世の中とんでもない「バリうま」さんがいるものだね…

 『Jazz Drams』の続きでリサーチ中にわかった話。

 半年以上前の事だったか、Dave weckl Band のアルバムを視聴した当事、メンバーの力量不足で、リーダー作は冴えないな…と思っていたが、やはり探せばあるところにあるんだね。全アルバムを視聴してぱっとしなかったもので、固定化してしまったが、ごめん。訂正する。LIVEで良いのがあった。

 メンバー編成上でバランスがよいと、実力以上に良いサウンドに仕上がる。アルバムとは大きな違いだ。アルバムでのメンバーは必ずしも望ましいメンバーが揃っているとは限らないわけで、やはり、バランスよく揃うと、非常に完成度が高いサウンドが形成される。


 それは、リサーチを行っている流れの中でのことだから、最近のJazzはこんな感じなんだね…と下記を聴いていた。

### 聴いていた物 ###
Dave weckl Band - The Chicken

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叔父貴の音楽性

 自分の叔父貴、即ち、母の末の弟はかつてHONDAの整備士をしながらアルトサックス奏者をしていた。自分が11歳の頃に音楽性の問題かな心身症が原因で自殺してしまったが、叔父貴は「サックスは歌心がなければ駄目だ」といつも言って、練習中はボーカルパートを演奏していた。

 叔父貴の話を聞いていた子供時分は、叔父貴も自分のように音楽の真髄を追い求めていると子供ながら理解したし、アルトサックスという楽器では叔父貴の言うとおりで妥当なものだろうと考えた。

 それは叔父貴の説を丸鵜呑みをしているわけではなく、それはポイントに当たるもので、今考えてみても、確かに、アルトサックスの性質から究極を求めれば「歌心」になる。

 しかし、早いうちに死んでしまったから、叔父貴の師としている演奏家が誰かは知らない。だから、サックス奏者のサウンドデータを聞くと自然に叔父貴を見て叔父貴が求めていたものを追い求めてしまうことがある。例えば、「こんな演奏がしたかったのかな?」とか、「こんな音楽性を求めていたのかな?」とか、叔父貴が生前に思い描いてきた音楽性について探索するという傾向を示すものにあたる。

 たぶんに、デクスター・ゴードンよりチャーリー・パーカーあたりが好きだったんじゃないかと思う。最近のものでは、The YellowjacketsのMarc Russo、Everette Harpあたりになるんじゃなかろうかと思う。

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